八雲と空
やって来たチビ犬
俺は八雲と言う犬を飼っている。
俺と八雲の出会いは音樹子姐さんとの出会いから繋がる。
留学から帰国してまだ日の浅かった姐さんに取材をした事がきっかけで知り合い、何度か話をしているうちに個人的に仕事を頼まれる様になったのだ。
そう言えばね、まだ日本では珍しい犬がうちにいるの。
犬は好き？
好きですよ。飼ってた事もあります。
あら、そうなの？
ええ。
子供の頃、学校で捨てらたのか迷子だったのか子犬が住み着いてて、こっそり餌あげたりしてたんですけど先生にバレてしまい、親に頼んでうちで引き取りました。
ずっと一緒でしたけど、去年老齢で…。
そうなのね…寂しいでしょう？
やっといない事になれて来ましたけどね🥹
では是非会わせたいわ😊
？
姐さんは窓を開けた。
外ではカラスが一羽木に止まっていた。
玄、夢路に犬を連れてくるよう言ってちょうだい。
その時の俺は姉さんが何を言ってるのかわからなかったが、カラスは解っているかの様に飛び立ち、暫くすると夢路と小さな犬を連れて来た。
姐さん、連れてきたよ🐶
有難う☺️
初めて見る犬種のチビ犬は、俺を見るなり飛びかからん勢いで綱を持つ夢路を引っ張った。
ちなみに夢路の事は聞いてはいたけど、会ったのは初めてだった。
最初は男だと思ったので別人だと思ったのは内緒w
うわぁ!!
あらあら☺️
この犬はね、ダックスフントと言ってまだ日本には何匹もいない犬なの。
ドイツで生まれたばかりの子に出会ったんだけど、知らないまに私について来てしまってね…。
船の中で気づいたから返すに返せないので連れて来たのよ。
チビ犬は抱き止めようとする夢路の腕に収まる事を拒絶して俺の所に来ようとした。
君が山之内さんだね。初めまして。治水夢路と言います。
姐さんから話は聞いてました。
うわっ!!チビ介全然落ち着かないなぁ。
どうしても君の下に行きたいらしいけど、大丈夫か？
構わないよ😊
チビ犬は腕から解放されると走り寄って来て、俺に飛び込んで来た。
ピンと立った尻尾は千切れそうなほど振っていた。
俺は愛おしさを感じた。
是非この子、引き取って貰えないかしら？
え・・・いいんですか？
初めて会ったのにこんなに喜んでるのよ？
ダメな理由があって？😊
俺は家に帰っても迎えてくれる存在がいない寂しさを味わい続けていた所だったので、喜んで引き取った。
ダックスフントは既に日本でもボチボチ飼う人はいると言うが鬼隠町では見た事がなかった。
垂れた耳、胴長寸胴で足が短くて、それでいて抱くとずしっと重い。
性格も友好的でおっとりしてる。
猟犬用に作られた犬らしいが何処が猟犬なんだろうと思った。
でもちょいちょい猟犬らしいやんちゃな振る舞いをするので猟犬と言うのもうなづけた。
俺はその犬に「八雲」と名付けた。
「八雲」は亡くなった犬の名前だ。だから正式には二代目・八雲。
実は最初違う名前を考えたのだが、子犬の振る舞いを見ているうち初代八雲に共通する何かを感じたし、本人(犬？)も「八雲」と呼ぶ方が反応した。
そう、だからそんな気はしていた。
八雲は初代八雲の生まれ変わりなのではないかと・・・。
俺と八雲はとにかく最初から仲が良かった。
そして最初に不思議だと思ったのは散歩だった。
散歩をすると八雲は俺をぐいぐいと引っ張って、まるで勝手知ったかの様に進む。
川沿いの道や脇道だのを既にしっているかの様に歩き、途中で何時も休憩に立寄るお店のご主人には初対面の時から尻尾を振っていた。
そう、その店ではご主人が八雲に会う度に煎餅を一枚くれた。
八雲もその煎餅が大好きで楽しみにしていた。
それと同じ様に二代目八雲もご主人から煎餅を貰っては喜んで食べていた。
姐さん、八雲は日本に来てから誰かに飼われたとか面倒見たとかは本当になかったんですか。
面倒見てたのはもっぱら夢路よ。
環や七夏も見てくれたけど忙しいからそう頻繁にはね・・・。
この子は不思議なの。日本に来る前、まだ兄弟が全部揃ってる頃だったわ。
やっとご飯を食べる様になったばかりの頃だったのに、何故かこの子だけ私の荷物に入り込んでしまって…。
八雲は他の誰にも誠さんの時みたいに尻尾振ったりしなかったよ。
俺がご飯あげても最初は恐る恐るだったしさ。
だから本当にびっくりしたよ。しかも半端ない懐き方で😅
俺もいきなりあんなに懐かれたのは初めてだよ。
待ち人に会えたのかもしれないわね☺️
八雲、そうなのか？それなら嬉しいな😊
俺は八雲の顔を覗き込んだ。八雲は僕の鼻先をペロペロと舐めながら「わんっ」と一言吠えた。
夢と現実の狭間で
あれから数年経ち、八雲はすっかり大人の犬になった。
元気で大きな怪我や病気もなく相変わらず俺の相棒として何時も側にいた。
裏の仕事もその時は既に今の面々で働いていた。
それはある晩の事だった。
浄化の為に夜の遊郭に行った時、迂闊にも浄化の相手の仲間が俺に近づいていた事に気付かず、不意打ちを喰らいそうになった。
その時、八雲はそいつに飛びついて俺を助けてくれた。
だけどその時に傷を負ってしまったのだ。
銀、八雲の傷はどう？
足の筋を傷めてるから、歩く事は出来ても走ったり飛んだり…は出来なくなるかもしれないわ
え・・・
銀の言う通り、八雲は元気になっても足を引きずっていた。
いろいろ手を尽くしてみたが、状態は変わらなかった。
元気出して…って言うのもねぇ・・・
無理だよね。おいらなら無理だ
姐さん…
・・・
姐さん、八雲も俺達の仲間だ。
なんとかしてやってくれないか。俺の時みたいに…
実は七夏さんは幼い頃に命を落としかけた事があった。
その時七夏さんの世話を焼いていた姐さんは、自分の血を分けて七夏さんを助けた。
姐さんの血は俺達とは違う。
命が助かったその代わり七夏さんは・・・。
私が助けると言う事は普通では居られないって事よ？
それでも誠は八雲を元に戻したい?
…考えてみます
その方が良いわ。
それに・・・
え？
いえ・・・何でもないわ。
その夜、俺は初代八雲の夢を見た。
子供の頃の俺にとって八雲は大親友だったから何時も伴って遊んでいた。
大人になるにつれ遊ぶ時間は減っていったが、それでも一緒に散歩したりたまに少し遠出をしたり、昔と同じ様に同じ時を過ごしてきた。
やがて八雲も年老いて部屋の隅でじっと寝ている時間が増え、日毎出かけると言う事が出来なくなってきた。
そんな八雲に最期の時が訪れた。
朝、俺がまだ布団の中で眠っていた時だった。
俺の顔をペロペロと舐める八雲の姿があった。
「あれ・・・八雲、もう起きたのか・・・早いな」
八雲は尻尾を振りながら俺を覗き込んでいた。
前足で俺を軽く叩いてみたり舐めてみたりするので、ちょっと早いけど起きるかーと思って起き上がると、八雲は部屋の出入り口の障子の方に向かいこちらを見た。
「はいはい、今行くよ」
障子を開けると八雲はさっさと先に行き居間へと入って行った。
俺も着いて行く様に部屋を出たが、八雲の姿が見えなくなった所でふと気付いた。
「あれ・・・八雲、居間で寝てたよな・・・。俺の部屋に来れる様な状態じゃ・・・」
急に嫌な予感がして恐る恐る居間に入ると母がいた。
「早いね・・・八雲に呼ばれたのかい？」
「え・・・」
「八雲、死んじゃったよ・・・たった今・・・」
八雲は何時も寝ている座布団の上に微動だにしない姿で横たわっていた。
母が涙を浮かべながら永遠の眠りについた八雲を優しく撫でていた。
それは一年前の走馬灯。
そして一年経った今の俺は俺の頬を舐める生暖かい感触で目が覚めた。
開けた目に二代目八雲の姿が入った。
生暖かい温もりは夢見て流れてしまった涙を優しく舐めていた二代目八雲の温もりだった。
心配そうな顔で俺を見ている八雲。
夢じゃない。
二代目八雲はちゃんと生きて俺の前にいた。
「心配しなくて良いよ。大丈夫だよ」
俺が笑って見せると八雲は安心したかの様にはしゃいだ。
・・・はしゃいだ・・・・？
足を引き摺っていたはずの八雲は何時もと何ら変わらず元気にはしゃいでいる。
姐さんが治してくれたのだろうか。
その時に俺は気付いた。
初代八雲は最期に俺を起こした時、あの時俺は俺に最期の別れを言う為に現れたんだと思っていた。
違う・・・。
また「会いに来るからね」…って…。
しばしの別れの挨拶だったんだ・・・。
二代目八雲は初代八雲の生まれ変わりなのかどうかは判らない。
姐さん曰く八雲には何もしていないとの事で、どうして治ったのかは判らない。
でもそんな事はどうでも良かった。
俺にとってはまた八雲と一緒に過ごせる、それだけで充分だ。
今もそう思いながら一緒に過ごしている。