一章夜三話の九 不浄なるもの

2023年6月15日

斎蔵が玄に連れられて行った先は稲葉楼ではなく織音座であった。

脇腹を赤く染めたりくが駆けつけた銀に長椅子の上に寝かされて手当てを受けていた。りくを刺したのは箏と言う遊女である。箏は龍に呆然とした表情で取り押さえられており、斎蔵が来た事に事に気付いた龍が状況を説明した。

龍「初音さんが差し入れを持って来てくれたんですけど、突然この女が入って来て訳わかんない事叫びながら初音さんに飛びかかって来たんですよ。顔見た途端に目的の人物ではなかったのか、へたり込んじまいました。」
斎「誰を刺すつもりだったんだ?初音か?」
箏「え・・・違う・・・初音じゃない・・私は文乃を・・・。あの女が遊吉さんをたぶらかしてしてゆすろうとしてるって聞いて・・・。何で…何で初音なの・・・?何で?」

斎蔵は大きな溜め息をついた。

斎「すまないが誰か手拭いを濡らして持ってきてくれないか。
  箏、お前上手く使われたな。文乃の着物を着ているがあれは初音だよ。恐らく文乃の身を安じて代わりに来たのだろう。とんでもない事をしてしまったな。」

泣き喚く箏を尻目にりくは戸板に乗せられて診療所へと連れられて行った。斎蔵は真っ赤に染まった箏の手を手拭いで拭いながらまた溜め息をついた。

その様子を肩を丸めて緞帳の影から恐る恐る観ている者がいた。恭輔である。
その恭輔の背中をツンツンと突っつく者がいた。

恭「うぇっ💦・・・あ💧夢路さん(⌒-⌒; )」
夢「夢路さんじゃねぇよ。何見てんだよ。あれ、お前らのせいだからな。わかってんのか?」
恭「すみません…」
夢「これでもあのゴミに付き合い続ける気か?」
恭「龍湖みたいな事言うんですね😠」
夢「(龍湖だよ。何だこいつまだ気付いてないのか)だったら何だよ。」
恭「その話はしたくないです。」
夢「観て見ぬふりも同罪だよ。」
恭「俺はあいつの才能を買ってるだけで、素行まで買ってる訳じゃない。」
夢「でも相方だろ。初音があんな目に遭っても黙ってるのか?箏の罪も知らん顔か?」
恭「・・・すみません。」
夢「今晩龍湖は来ねぇよ。今日はもう出番ないんだろう?
  家に帰ってじっくりこの光景を思い出して考えるんだな。」
恭「・・・」

千知の家

その頃・・・。

千「また失敗したって⁉️」
十「すみません!!まさか初音が成り変わってるとは思わなくて…」
千「初音が代わりに?容態は?」
十「脇腹を刺されて大怪我をした様です。」
千「あらそう…。じゃ暫くお座敷には出られないわね。文乃につく事も…。」
十「あ…そうですね。」

嘉太郎だよ

やれやれ・・・懲りないネ・・・。

その様子を見ていたのは嘉太郎だった。
嘉太郎は義賊・鼠小僧の末裔である。この時代においても義の心は受け継いでおり、下層階級の者が困っていると助けずにはいられなかった。その姿を見た音樹子から声をかけられ仲間となったのである。

嘉太郎だから

さて、目的の物はと・・・。
・・・あ、あったあった・・・。

嘉太郎は遊吉の使っていた部屋に置かれていた文化人形を見つけると、代わりの人形を取り出し服を着入れ替えると懐に仕舞い込んだ。そして何もなかったかの様に颯爽と家から抜け出した。

たまやにて

嘉太郎だから

只今戻りました。

お疲れ様。皆揃ったわね。
りく、大丈夫?

りくだよ

大丈夫。鎖帷子着てたので怪我はないよ。
ただ結構思い切り突かれたから一瞬苦しかったけどねw。
用意してた血糊をたっぷり手元につけたら、箏が急に大人しくなったんで笑いそうになったよ😁。

斎蔵だよ

箏の聴き取り調査では、千枝がたぶらかしてるって話は十糸子から言われたようだ。

りくだよ

千枝に剃刀の入った文が届いたって聞いて飛んで行ったら、清ちゃんの手紙つけた玄がいて、おいらごとやる気でいるって言うじゃない。
だから届け物はおいらだけ代わりに扮して行ったんだよ。正しかったわ。

嘉太郎だから

あの人達、懲りてないヨ。またやるつもりだ。

誠だよ

あれからまた情報集めましたが、遊吉は鬼隠町以外の場所での評判は何処に行っても悪いですよ。あの後ろ盾になってる男も儲け話に飛びついてるだけで、都合が悪くなったら何時でも斬る様な男で、何なら多額の被害金を請求してます。

斎蔵だってば

遊吉は川口先生の名前を出して信用を得た様ですけど、川口先生はその後の様子から良く思ってませんでした。

七夏だよ

まぁそうだろうね。あいつほんと女癖悪くて、あちこちにちょっかい出してたよ。
都度千知がゴミ掃除してるけどね。

だから斎蔵

ゴミ掃除?箏みたいな使い方してか?

七夏なのさ

そう言うこと。

清だってば

ほんと許せない・・・。

環だよ

これ以上この件について関わりたくないわね。

えぇ、もうこれ以上は好きにさせない。浄化するわ。

嘉太郎だから

先ずはこの子からだネ。

嘉太郎が人形を取り出すと辺りの空気が急にヒヤリと冷たくなった。
人形は部屋中心のテーブルの上に置かれ、清がその前に酒・水・塩を乗せたお盆を置いた。

出ていらっしゃい、可愛い座敷童子さん・・・。

音樹子が手を差し出すと人形からすう…っと黒い影が現れた。人ともモヤとも判らない黒い影は天井まで伸びた。それと同時に斎蔵と嘉太郎は強い頭の痛みに襲われ、両手で頭を押え痛みを堪え出したので、音樹子は部屋を出るよう視線を送った。
夢路が人形の前に立ち数珠を手に経を唱え始めると、黒い影は狭い部屋の中を暴れ回って夢路に攻撃を加えようとした。音樹子は夢路を守る様に影に向かって手を伸ばしその攻撃をはらった。残った他の者達は暴れる影を時折り通り過ぎる僅かな風で感じ、壁に張り付くようにして顛末を見守った。
その様子はやや暫く続き、通り過ぎる風は徐々に弱くなっていった。そして黒い影はだんだん小さくなっていきやがて暴れるのをやめ、風も止まった。
外にいた斎蔵と嘉太郎は頭痛が治って来た事で中に入る事が出来た。
「可哀想に…。」
はらう手を納めた音樹子がそう言いながら一筋の涙を流すと、黒かった影は白く変化し、やがてぼんやりと小さな子供の姿へと変化した。子供の姿となった霊は何が起きたか解らないようで呆然としていた。音樹子は子供の霊に近付きそっと抱きしめると「ごめんなさいね。人間の欲望でこんな事に巻き込んでしまって…。でももうこれでお終い。お父様お母様の所にお帰りなさい。」と言った。子供の霊は音樹子の身体をぎゅっと抱きしめると肩を震わせながらワンワンと泣き出した。子供の頭を優しく撫でながら、音樹子はぎゅっと抱きしめ返した。そしてその姿はだんだんと薄くなって行き、泣いてる声も小さくなりやがて消えて行った。
子供の霊が消え入る寸前、泣き声はなく誰の目にもその姿が見えた様な気がした。
そしてお経の声も止んだ。

夢路だから

………お疲れ様。

りくだってば

…笑顔になってた気がする。
可愛い笑顔に…😢

清だってば

うん、笑顔だったよ…あれは…😭。
良かった…。
これでやっとあの子もあの世でお母さん達に会えるね。

嘉太郎だって!

あの子が人に害を加える前で良かったよ…。

だから斎蔵

ああ、本当だ。

環だからね

次はあいつらね。

七夏だし

 決行は明日の夜だ。

さぁみんな、ぬかりなく・・・!!

昼つ方・十話

鬼隠隠密控

Posted by 夢路